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論理的な行動が危ういワケ。

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論理的な行動が危ういワケ。

こんにちは!Kenです。

本日もちょっとだけ日々を豊かにする、『厳選ビジネス洋書』をご紹介していきます。

今回ご紹介するのは、Yuval Noah Harari 著

『21 Lessons For The 21st Century』 です。

最近、テクノロジーによる急速な社会変化によって、

世界がどこに向かっているのやら、

なんだかよくわからない時代になってきました。

来たる2050年、あるいは2100年に向けて、我々は何をすれば良いのでしょうか?

もし、仮に人工知能が人間の大部分の知能を超えてしまったら、、、

私には全く何が起こるか見当もつきません。

そんな途方もない大きな問いに果敢に挑んだのが、

本書の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏です。

彼のベストセラー、『サピエンス全史』では、人類の歴史を紐解き、

その発展の理由を『虚構』の発明と位置付けました。

みんなが信じるようなよく出来たストーリー(嘘)を語れるようになったことで、

人類は一致団結できるようになり、

神話、国境、国籍、資本主義、会社、などの虚構が生まれ、

ストーリー(嘘)を自信満々に語れる人をリーダーに置き、

異なるグループ間で切磋琢磨しながら世界は前進してきたのです。

次の著作である『ホモ・デウス』では、

私たちの未来の姿について洞察しました。

データを武器に人や機械を自在に操つる少数のエリート(ホモ・デウス)が、

世界に必要な生産活動のほとんどを担い、

残りの大多数の人々は、何も生み出さず、

ホモ・デウスの計算通りにただただ消費して生きる存在となる、

という未来です。

そして彼の最新作となる本書は、

過去と未来を俯瞰した上で、

現在、私たちはどう生きていけば良いのかについて洞察しています。

今回は、本書の中から、個人的に覚えておきたいなと思った4つのポイントをご紹介します。

早速見ていきましょう。

①21世紀はデータが最も価値ある資産である。

いつの時代も、イデオロギーが世界の見方を変えて来ました。

その時代に支配的なイデオロギーによって、

価値を持つ資産が変わります。

そして、最も価値があるとみなされたなら、

たとえそれがどんなものであっても、

人々や国家は、それをたくさん保有するために争ってきました。

20世紀はファシズムやコミュニズム、リベラリズムなどのイデオロギーが覇権を争い、

結果、リベラリズムが覇権を制しました。

自由競争により資本を蓄積したものが、より自由になるというイデオロギーの下、

各国は資本を争って競争を始めるようになりました。

先進諸国はリベラリズムがもたらす成長の果実を十分に享受しましたが、

一方で、格差や自然破壊などの行き詰まりが見え始めたのが、21世紀の初めでした。

ハラリ氏曰く、21世紀はテクノロジーの時代です。

テクノロジーを発展させ、テクノロジーと上手に共生できた人が、

より豊かに生きていくことができます。

そんな時代に最も価値ある資産となるのが、

『データ』 です。

精緻なデータがあれば、テクノロジーを駆使してデータから大きなリターンを得られることができます。

卑近な例でいうと、Web広告なんかは非常に顕著です。

グーグルやFacebookを使うと、

場所や年齢層を限定して、広告を出し、

反応率の高い表現を導き出していくことができるようになっています。

だからこそ、各国、各企業、各個人が、

データをかけた競争を繰り広げ始めました。

ここで問題となるのが、

データをどのように活用するか です。

仮に、人間の感情・思考に関するアルゴリズムが完全に解明されてしまうと、

データを制した人々が、他者を思いのままに操れるようになります。

実際、ニューロマーケティングの分野はかなり研究が進んでいて、

どんな言葉や体験によって、人のドーパミンレベルが高まり、

そのサービス、製品に依存していくかが明らかになってきています。

私たちがスマホを頻繁にチェックしてしまうのは、

既に、データから導き出されたソフトウェア設計にハメられているからです。

ハラリ氏はデータを使う側は決してデータを悪用してはならず、

利用される側は、よくできたストーリーや無意識の行動には注意する必要があると述べています。

しかし実際には、各国の選挙戦でデータが徹底的に活用され、

世界協調が必要な現代に、ポピュリズムが覇権を握るという最悪の結果が生まれています。

結論:21世紀にはデータが最も価値ある資産になるかもしれません。

もし、自分がデータを提供する側になるなら、

今後、無意識に行う行動や、

良いなと思うよくできたストーリーには十分に注意を払いましょう。

利己的な誰かに嵌められている可能性があります。

一方、自分がデータを利用する側になるなら、

自分が何をしようとしているのか意識的になり、

決して悪用しないようにしましょう。

②知識の錯覚に注意せよ。

突然ですが、私たちは、1000年前の人々と比べて、

果たして賢くなったのでしょうか?

なんとなくそんな気がしてしまいますが、

実は、そんなことはありません。

知っている対象が変わっただけで、知っていることの総量はさほど変わっていないのです。

例えば、今ではあらゆる専門家を頼らないと生きていけない時代です。

製品開発なら製品開発の専門家。

食料生産なら食料生産の専門家。

家づくりなら家づくりの専門家を頼ります。

一方、石器時代の人々は、

それら全てを自分で行っていました。

道具作りから、

狩り、家づくりまで、全て自分で行っていたのです。

言い換えれば、彼らは、私たちのほとんどが持っていない、

自分たちの食べ物や家を自分たちで生産する知恵を持っていたということです。

ここで、

『本当に必要ならググればいい。』

という考えが浮かぶと思います。

その通りです。

ただし、

世界中の知識にアクセスすることが可能になったことと、

そういった雑多な知識が脳内で有機的につながっていることとは意味が異なります。

膨大な知識に触れることができても、それを上手に活用できるかは、別の問題です。

にも関わらず、なんとなく多くのことを知ったつもりになってしまう人間の性質を、

『知識の錯覚』

というそうです。

インターネットで知識を深めると、

ついつい、

私たちは何でも知っているような、

傲慢な気持ちが芽生えてしまいますが、

実際には、知っていることよりも知らないことの方が多く、

さらには自分が知らないと知らないことはもっとたくさんあります。

知識が増え続ける現代には、『知らないと知らないこと』が信じられない勢いで増えていっています。

結論:知らないと知らないことが爆発的に増えていく、

こんな世の中だからこそ、

常に謙虚に、多くの知に触れられることに感謝の念を忘れず、学び続けていく姿勢が必要です。

個人的な感覚として、知らないと知らなかった世界に出会うと、

脳が喜んでいる感覚があります。

知らなかった世界に出会えることを楽しもうというスタンスを持つことが、

情報に圧倒される時代に愉快に生きていく秘訣かもしれません。

③教育は情報の暗記よりも使い方にフォーカスすべき。

かつて、天体物理学者のニール・ドグラース・タイソン氏は、

考え方を知っていることと、

考えるべき対象についてただ知っていることでは、

前者が圧倒的に重要であることについて素晴らしいスピーチを行いました。

しかし、残念ながら、

詰め込み型、暗記型の教育から変われない状況が続いているようです。

現在の受験は、大量の情報を頭に詰め込み、吐き出せるようにする訓練になっていて、

時期が過ぎれば、全て忘れられてしまいます。

当然、

各教科の基本的な理解は考える道具として、非常に重要だと思います。

しかし、あまりに細かすぎる知識に関しては、

暗記するよりも、必要に応じ、

筋の良い情報を見つけられるようになることの方が重要な時代です。

毎年、毎年、

信じられないほどの量のデータがWeb上に積み上げられています。

知識は、脳に詰め込むことよりも、うまく見つけ処理することで初めて価値が生まれます。

結論:情報は暗記せずとも溢れています。

今後は情報の使い方の教育が必要です。

④瞑想せよ。

現代、論理的に行動しようとすればするほど、

テクノロジーのサジェストに則った行動をするようになってきました。

外食したい時、目的地にたどり着きたい時、買い物したい時、

私たちは気づけば、アルゴリズムのサジェストに則って行動しています。

指示に従っておけば失敗する危険性がないからです。

しかし今後、さらに技術が発達し、

生まれてから死ぬまでのあらゆる選択に対して、

AIがサジェストするような世界になったとき、

私たちは、失敗は少なくなっても、

アイデンティティの危機に瀕するのではないかと警鐘を鳴らしています。

何事もうまくいっているけれど、自分の決断でしたことではないとき、

人によっては、息苦しさや意味の欠乏を感じるかもしれません。

こんな事態へのソリューションが、

瞑想 です。

自分と向き合い、自分が心から望むことができるようになるための訓練です。

ハラリ氏は、鼻呼吸にただ意識を集中させる活動を1日2時間も行うことで、

3冊もの大ベストセラーを生み出すことができたそうです。

私は、ここで岡本太郎氏の 『自分の中に毒を持て』

を思い出しました。

彼は論理的に考えて、ダメだと思うも、

自分が心の奥底ではやりたいと思う方にジャンプしろ。

と説いています。

自分を殺すことで、返って予定調和から外れ、人生が輝き出す。

計算から脱し、

無条件に己が求めることをすること、

それこそが、人生の豊かさだと。

現在、労働宗教に頼り、一生懸命に働くことで心が磨かれると信じて頑張っている人が、

生産活動のほとんどをテクノロジーに頼ることができてしまい、

論理的に考えると、今よりもずっと明白な形で、働く必要がなくなってしまった時、

瞑想して己と向き合い、

非論理的な自己の願望に思い切ってジャンプすることができるようになることで、

人は尊厳を失わずに生きていくことができるのではないのかなと思いました。

結論:自分が自分であるために、瞑想をしましょう。

まとめ

まとめになりますが、本書は、

現在、人類が向き合っていくべき課題を整理し、

変化の激しい世の中で、いかにして心の平静を保って生きていくかについて、

一つの指針となる書籍です。

中には、ハラリ氏が天才すぎて、私にはついていけなかった部分もありましたが、

それでも、総じて面白い一冊でした。

万が一、あなたが今、

「現代はどんな時代で、どう生きていけば良いんだろう?」

と思われている場合、ぜひご一読されることをオススメいたします。

きっと、思考を深めるのに、良い材料になるはずです。

翻訳版を読んでみる。

  • この記事を書いた人

Ken

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